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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)466号 判決

第四六六号事件控訴人(被告) 国

訴訟代理人 綴喜米次 外二名

第四六七号事件控訴人(被告) 梶尾剛

被控訴人(原告) 吉本五郎右衛門

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用はそれぞれ控訴人等の負担とする。

事実

控訴人国の指定代理人は、第四六六号事件につき、控訴人梶尾は第四六七号事件につき、それぞれ「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

被控訴代理人において、

事実関係につき、昭和三七年五月八日兵庫県知事が本件土地に対する買収令書を改めて発行し、同月一三日被控訴人に交付した事実は認めるが、本件買収処分の告知に関する瑕疵が右交付によつて治癒されたことは争う。即ち、自創法に定める買収の効果は、買収令書の交付又は交付に代える公告のない限り、買収計画所定の買収時期が到来しても発生するものでないから、右令書交付の時期が買収の時期より若干遅れても、当該買収計画に基く買収処分をすることは必ずしも絶対に不能ではないとしても、令書交付が買収時期以後に遅延してもなお買収の効果を計画所定買収時期まで遡らせ得るのは、これによつて処分を受ける者の権利に何等の実害を及ぼさない場合に限られる。従つて令書交付以前に法律が改正せられたため買収が不能になつた場合や、令書交付が買収時期より甚だしく遅れたため、買収計画樹立の意味が失われたような場合は、遡及効の発生は処分を受ける者の権利を不当に侵害することとなるから、許されない。本件においては昭和二六年一二月二二日に樹立された計画所定の買収時期は昭和二七年三月一日であるから、前記買収令書交付は、計画樹立の時ないし計画所定買収時期よりいずれも一〇年以上の歳月を経過し、この期間内において本件土地附近の変貌は甚だしく、現在においては本件土地は周囲の住宅地の中に孤立した数少ない耕作地であつて、自創法五条五号の「近く土地使用目的を変更することを相当とする土地」に該当し、買収要件を欠くに至つたものである。のみならず、本件土地の現在の価格は、住宅地として一坪五、六万円を下らないから、これを処分時対価一坪七一銭で買収することは、不当に売渡の相手方(控訴人梶尾)に利益を与えるのみで、自創法の目的には何等資するところがない。即ち本件買収計画は、長期の期間徒過と事情の変更とにより、もはや当初樹立された意味を失つたものであり、かような計画に基き、担当公務員の失態と責任を糊塗するために権限を乱用して為された前記の令書交付によつては、買収処分の瑕疵は何等治癒されず、右処分は依然として無効である。控訴人国の引用する判例事案(最高裁昭和三六年三月三日判決)は、買収計画樹立後間もなく令書交付に代る公告がなされている点で、右公告に瑕疵があつたとしても、外観上ともかく令書の交付(告知行為)と目すべき事実が存している場合であるから、右判例は、本件のような令書交付も公告も、対価供託書の送付も全く存しない場合で、処分が無効というよりはむしろ不存在に近い事例に適用せらるべきではない。そしてまた、行政処分の効力の判断基準時は判決の時でなくして処分の時であり、処分が一連の手続によつて行われる場合は、処分完了時が基準とされるから、処分完了以前の事情即ち前述の自創法五条五号該当地になつた事情は当然に処分の効力判断に斟酌せられ、しかも同法五条五号違反の瑕疵は何びとにも明らかなところであるから、本件買収処分は無効たるを免れない。

仮りに本件買収処分が以上の理由で無効でないとしても、本件土地は買収計画樹立の時においてすでに小作地でなかつたのであるから、買収処分は自創法三条一項一号、二条二項に違反し無効である。即ち、本件土地は西宮市上越木岩土地区画整理組合の施行した土地区画整理の以前には、その南側にある西宮市美作町一七番地の土地と連続する一筆の土地で、同市越木岩西平一三号三二番地に該当し、その所有者は守舎新兵衛であつたところ、右土地に対し換地として同市美作町一七番地と同所三一番地(本件土地の北側に存在し、換地前には訴外吉井の小作していた土地)が交付され(昭和二一年八月一七日換地処分認可)、本件土地(同所二四番地地)は保留地として、区画整理事業の費用に充当するため売却することとなつたので、被控訴人先代が別荘建築用地として買入れたものである。そして前記一七番地は昭和二五年五月二四日控訴人梶尾の兄なる訴外梶尾義雄に、前記三一番地は同年一一月三〇日控訴人梶尾の先代にそれぞれ自創法に基き売渡されているから、仮りに控訴人梶尾の先代が前記換地前の西平一三号三二番地につき従来の小作関係に基く賃借権を有していたとしても、右賃借権が本件土地に及ぶ筈はない。本件土地は戦時下に住宅建設も意に任せず、被控訴人先代死後被控訴人も応召で戦地に在つた関係上、管理が行届かなかつたのを奇貨として、控訴人梶尾の先代が、これを不法占拠するに至つたものである。被控訴人は終戦復員後において財産税納付に際して本件土地を宅地として所有権取得登記をしており、右地目が畑に変更されたのは買収処分後であり、被控訴人は本件土地が小作地として買収されることは夢想だにしなかつたところである。

控訴人国は、控訴人梶尾の換地前の耕作地と、換地による耕作地とはほぼ同一場所に位し、かつ同人は換地前の土地と同一場所を従前通り耕作していたから、その耕作地たる本件土地を小作地として買収しても瑕疵は明白でないと主張するけれども、控訴人梶尾の先代は、旧小作地西平一三号三二番地より、その換地となつた前記三一番地(同地の小作人吉井は、その換地たる同所三〇番地に移る)へ引移つて小作したもので、旧小作地を引続いて小作していたものではなく、また、右旧小作地西平一三号三二番地の北半分が控訴人梶尾先代の明渡の後、道路と本件宅地とに改められ、しかも前記三一番地となつた右旧小作地の南半分と、本件土地を含む北半分とは、高さ約二米の崖により明瞭に区分されていたから、それが別異の土地であることは何びとにも一見して明白であつた。従つて、本件土地を控訴人梶尾ないしその先代の従来の小作地と誤認した本件買収処分の瑕疵は、その目的地の位置、形状の点からするも明白な瑕疵にあたる。

控訴人国は、本件土地は自創法三条五項六号により買収し得る農地であつたから、瑕疵は重大でないと主張するけれども、本件買収処分は同条同項一号に則つて為されたものであるから、本件買収処分を買収原因を異にする右六号による買収処分に転換することは許されない(最高裁昭和二九年一月一四日判決参照)。従つて控訴人国の右主張事由により、本件買収処分の瑕疵が重大でないものとすることはできない。と述べ(証拠省略)

控訴人国指定代理人は、

事実関係につき、仮りに本件土地の買収処分につき買収令書の交付がなかつたとしても、兵庫県知事は、長期間にわたる法律関係を安定させ、また買収処分の確実を期する趣旨から、本件第一審口頭弁論の終結後である昭和三七年五月八日、農地法施行法第二条第一項第一号に基き、改めて買収令書を発行し、同月一三日右令書を被控訴人に交付したから、これにより、本件買収処分の告知に関する瑕疵は全く治癒され、本件土地は、買収計画所定の時期たる昭和二七年三月一日に遡つて、被控訴人より控訴人国へ適法に所有権が移転した(最高裁昭和三六年三月三日判決参照)。それ故、令書交付の瑕疵を理由として本件買収処分の効力を争うことはできない。前記農地法施行法二条一項一号の趣旨は、一旦買収すべき土地として買収手続に着手し、買収計画を公告した土地については、自作農創設の目的達成のために買収手続を進めることを定めたものであるから、計画公告後いまだ令書の交付がなく、手続が終了していない場合は勿論のこと、一旦令書を交付し、手続終了として取扱われたが、令書交付の点に瑕疵があつて買収の効果が生じたものと認められない場合にも、買収手続を有効に完了させるために適用せられる規定であるから、本件買収処分においても、買収令書の交付はあつたが、現在これを確認する資料がなく、買収の効果発生に疑点があるので、この点を補正する目的で令書の再発行をしたものである。

元来旧自創法に基く買収処分は、その基本たる買収計画が適法に樹立せられたものである限り、買収令書の交付まで相当の期間を経過したことの故を以て、その買収処分の効力を否定することは許されない。計画樹立当時には買収要件を具備していた農地が、令書発行までに相当の期間を経過したために、周囲の状況の変化等によつて買収要件を欠如するに至ることは有り得ることではあるが、買収計画はその対象たる農地の買収要件具備を確認する行為であるから、売渡を受け得る者は右計画が所定通り順調になされること期待し、売渡通知があればその前提たる買収手続が順調になされたことを信頼するから、このような信頼の上に形成される法律関係は特段の事情のない限り保護の必要があり、計画樹立後令書交付までに周囲の情況が変化しても、右の保護の必要はなくなるものではないから、行政庁は令書を発行して手続を完結する義務がある。令書発行までの相当期間の経過が、たとえ行政庁の怠慢や過誤に基いた場合でも、それがために、さきに適法になされた買収計画樹立による買収要件確認の効力が失われるいわれはない。法は、買収計画によつて、当該土地の関係人に現状不変更の義務を課し、計画後の現状変更は後の買収処分の際には考慮に入れないことを定めているから、民訴法上の仮処分と同様に買収計画に掲げられた小作人は、その後の買収処分により、計画時の状況において目的地の権利を取得すべき権利を有し、地主はこれに対応する義務を負担しているものである。従つて前記農地法施行法の法条及び前掲最高裁判決の判示の趣旨は、単に瑕疵補正の目的による令書再発行を認めた点に意味があるものと理解すべきでなく、売渡通知を受けた者の法律関係の安定のために令書再発行ができることを認めた点に重点があるものと理解すべきである。

次に、本件土地は買収当時は農地であつた。尤も本件土地附近一帯は、昭和八年三月一日から昭和一〇年七月五日までの間に施行された上越木岩土地区画整理組合の区画整理により、宅地化の目的で整理されたが、その後支那事変や太平洋戦争を経験し食糧事情悪化により区画整理当時の目的はいつしか失われ、再び農地化し、現在においても本件土地附近は住宅は少く、宅地化された土地も僅かであつて、本件土地が自創法五条五号に該当することは争う。

また本件土地は小作地である。即ち本件土地の現地は元来その南側にある西宮市美作町一七番地と連続した一筆の土地(同市越木岩西平一三号三二番地)であつて、右の土地は換地処分により右美作町一七番地と同所三一番地となつたこと、右三一番地の従前の小作人は訴外吉井であり、同地の換地は同所三〇番地に与えられたこと、前記一七番地が自創法により買収され梶尾義男に売渡されたことは争わないが、前記換地前の西平一三号三二番地は控訴人梶尾の先々代梶尾市松が大正年間にその所有者守舎新兵衛の管理人田中仁左衛門より他の数筆の土地と共に年貢米三、四俵の約で賃借して小作し、その後控訴人梶尾先代市太郎、同人の長男たる前記義男が引続き小作し、その間換地処分による耕作地の変動があつたにも拘らず、同人等は依然として旧小作地と同一場所で道路を隔てた二筆の土地、即ち本件土地を含む部分を耕作して来たもので、前記一七番地が梶尾義男に売渡されたので、同時に本件土地も同人に売渡されたものと信じ(実際は、西宮市農業委員会の手違いにより買収売渡漏れとなつたもの)、耕作を続けたものであり、被控訴人が本件土地を取得した昭和二二年九月頃は食糧難が甚だしく、休閑地は勿論山林までも開墾して甘藷等を植えていた時代であつたから、所有者を知らず小作料も払わずに耕作する者さえあつたけれども、本件土地についてはその売渡処分が為されたと信じた昭和二三年一〇月頃までは、遅滞なくその小作料を前記所有者守舎の管理人田中に納入していたから、小作地であり、仮りに被控訴人との間に小作契約がなかつたとしても、前記守舎との小作契約は農地調整法により本件土地の取得者たる被控訴人に対抗することができる。そして本件買収計画においては、本件土地を買収の上当時の小作人梶尾義男が死亡したため、同人の父である控訴人梶尾先代市太郎に売渡したものである。

仮りに本件買収計画樹立当時控訴人梶尾先代が本件土地につき小作権がなく、不法占拠地であつたとしても、西宮市農業委員会がこれを小作地と誤認した瑕疵は、外形上一見明白なものではないから、買収処分は当然無効とはならない。即ち、控訴人梶尾の先代は、従来耕作して来た換地前の土地につき、前記のような換地による変動により、その一部(従来本件土地の位置にあつた部分)が西宮市美作町三一番地として別の位置(従来同市越木岩角石三五七番地であつた場所)に指定されたにも拘らず、右三一番地の部分は所有者守舎より小作していた訴外吉井の耕作地であつたので、右換地後も依然として旧位置に在る本件土地の耕作を続け、しかも本件土地と右三一番地とはほぼ同一場所に位していたから、現に耕作する本件土地を小作地と認定した瑕疵は明白なものではない。

また。本件土地の耕作は昭和二六年一二月二二日の買収計画樹立までは平穏かつ公然のものであつたから、本件土地は自創法三条五項六号により買収し得べき農地に該当するから、結局これを買収したことの瑕疵は重大なものではない。と述べ(証拠省略)

たほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

先ず被控訴人の控訴人国に対する請求(第四六六号事件)につき審按する。

本件土地(西宮市美作町二四番地、田、三畝一九歩)が昭和二六年一二月二二日当時被控訴人の所有であつたこと、右同日付を以て西宮市農業委員会が買収時期を昭和二七年三月一日とする買収計画(旧自創法に基くもの、以下同じ)を樹立し、法定の公告、縦覧を経て兵庫県農業委員会の承認を受けたこと、右土地につき昭和三三年七月一六日付を以て被控訴人主張通りの農林省のための所有権移転登記が為されたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで右買収計画に基く買収令書がその当時被控訴人に交付せられたか否かの点につき按ずるに、被控訴人本人尋問の結果(原審、当審)によると、被控訴人は後記昭和三七年五月八日付発行令書以外に前記買収計画に基く買収令書を受領した事実がないことが認められ、証人三好健旦の証言により成立を認める乙第一、二号証と同証人の証言に徴するも、前記買収時期当時本件買収計画について被控訴人に対する買収令書が作成せられたことは推測し得られるけれども、被控訴人に対してそれが現実に発送せられ、到達したことを証する資料が現存しないことが認められ、その他控訴人国の全立証によるも、前記認定を覆えし、本件買収令書の被控訴人への交付事実を肯認し得るに至らないから、本件買収計画に基く買収令書は、後記令書以外には被控訴人に交付されなかつたものと認むべきである。そして農地買収処分は、その処分の相手方に対する告知により初めて効力を発生するものと解すべきであるから、本件買収処分は後記令書の発行交付の効力が是認されない以上、その所期の効力を生ずるに由なく、この意味において当然無効というべきである。

そこで控訴人国の買収令書の後日の再発行、交付による瑕疵治癒の主張につき按ずるに、控訴人国の主張する昭和三七年五月八日付買収令書が同月一三日被控訴人に交付されたことは当事者間に争いがない。控訴人国は、右令書の後日交付は、さきの交付手続の瑕疵を補正する目的で為されたもので、右交付により当然に買収処分は当初買収計画の定めた買収時期に遡つて効力を生ずべき旨主張するけれども、前認定によれば本件買収令書の交付は全く認められないのであるから、告知行為としてはそれに該当する瑕疵ある行為すら存在しなかつたものであり、この意味において瑕疵補正の余地のないものといわねばならない。控訴人国の引用する判例(最高裁昭和三六年三月三日判決)の事例は、買収令書発行当時に遅滞なく公告手続が行われた事案であるから、すでに或る種の(それがたとえ補充的方法であろうとも)告知行為が存在し、たゞその要件等につき不備その他の瑕疵の存する場合には、これと同様の見解を採り得るとしても、不完全な告知行為(その結果、被告知者が具体的に処分行為を知つたと否とは、法律上、効果に影響なく、処分庁がその行為を行つた点に価値を認めねばならない)すら存在しない本件の場合には、後日の交付を以て直ちに告知行為の瑕疵補正即ちその不完全部分の補充行為と為すことはできず、その行為は、その行為者の主観的意図の如何に拘らず、客観的には新規の行為であり、買収手続の全体に着眼すれば、中絶した部分の継続に外ならない。

ところで本件における右の後日の買収令書交付行為は、買収計画樹立時期及びこれに定めた買収の時期のいずれにも遅れること一〇年以上であることは明日であるから、このような長期間の手続中断の後に、その継続行為が為された場合に、それが手続の当初から予期された過去の日時に遡つて効力を生ずべき行為としての意義を附与し得るか否かにつき検討するに、この点につき控訴人国は、農地法施行法二条一項一号の趣旨は、農地の売渡を受ける者の利益のために、一旦樹立された買収計画の買収要件確認の効果を、時日の経過、事情の変更の如何に拘らず保存し、後日の買収処分の効力を計画所定の買収期日に遡らせる法意である旨主張するけれども、前記法条は、昭和二七年一〇月二一日の農地法施行に関し、法改正当時の農地買収手続の進行程度の如何により、その手続全体に旧法(自創法)又は新法(農地法)のいずれを適用するかを定めた単なる経過規定に過ぎないことは、その立法趣旨に徴し明白であつて、右法条は到底これを以て、控訴人国の主張するような既存買収計画による買収要件の保存ないし保全的効果を肯定すべき根拠とは為し難い。また農地買収手続の性質に徴しても、その一連の手続は、一旦買収計画が決定した以上は、可及的速かに実施完結することが予定され、その前提の下に買収令書の交付が当初の計画所定日時に遡つて買収の効力を生ずることが是認せられているものと解すべきであり、また、買収公告の為された目的物件についての現状変更禁止命令も、右のような早急の買収手続完結を予定した上の措置というべきであるから(自創法四二条)、右の禁止命令の拘束力もおのずから限度があるものと考えるべきであつて、この禁止規定があることから直ちに、控訴人国の主張する如き経過日時の長短を問わず、変更事情の有無大小に拘らず、常に後日の買収令書交付が計画所定買収時期に遡る買収効果を発生せしめることが予定されているものと解することは、その当を得ないものというべきである。本来行政処分は司法裁判と異なり、処分の行政目的達成が主眼であり、その具体的妥当性を重視するものであるから、処分がその前提基盤に合致、適合することが何よりも必要であり、この点からすれば相当の日時の経過は通常基盤となる事情の変更を生じ、事情の変更は通常処分の変更を必要とするから、処分者としてはむしろ処分立案当時の客観的事情の変更を生じない以前に、早急に処分を完結し、その効果の実現を期するのが要諦であり、反面から言えば、通常、事情の変更を生ずると考えられる程度の多大の日時を経過した後における一部の先行処分は、原則としてその効力を否定すべきを至当と考える。土地所有者の権利を剥奪することにおいて不利益を与える農地買収処分が、独りこの原則的要請の例外を為すものとは考え難く、前記の中断中の経過日時の長短の程度については、各種処分の特質や難易に鑑みて多少の考慮、斟酌を加え得る余地はあるとしても、いずれにせよ買収計画樹立時及び計画所定の買収時期から一〇年以上を経過した後の買収令書の交付行為は、右日時の経過が、一連の処分が順次に遅滞なく為されたにも拘らず、已むことを得ない事由で通常の所要期間以上の期間を要した場合の如き合理的事由によつて生じた場合でない限りは、さきの先行的処分当時の前提基盤につき全く事情変更が見られない場合、その他特段の事由の認められない場合のほか、原則として、さきになされた一連の処分中の先行的部分の継続処分(処分の同一性の肯定)としてさきの一部と結合する効力(遡及効の付与)を是認する訳にはゆかない。本件においては、買収計画の樹立、承認当時、引続き遅滞なく為さるべきであつた令書交付等の方法による告知行為がなされなかつたことは、格別合理的事由に基くものでなく、むしろ処分庁の手落に因るものであることは、前段認定事実及び弁論の全趣旨によつて窺われるところであり、しかも、ここ数年来大都市周辺の農地は急速に住宅地化されつゝある公知の事実と、当審における検証の結果とによれば、本件買収計画樹立後前示買収令書の交付までの一〇年余の間に、本件土地附近の状況は著しく変貌し、続々宅地化し、本件土地も農地としてよりはむしろ宅地として多くの利用価値を有するに至り、本件土地を農地として買収することの意義は甚だ疑われるに至つたこと、及び少くとも買収対価の算定についても、さきの処分は相当性を欠くに至つたことを看取することができるから、本件令書交付につき、農地買収処分の長期間中絶後の継続行為としての効果を認めるべき特段の事由があるということはできない。よつて控訴人国の買収令書の後日交付による瑕疵補正並びに遡及効付与の主張は理由がない。

ところで、控訴人国の前記昭和三七年五月一三日の買収令書交付を前提とする主張は、買収手続の再施行(令書交付以前の手続を省略するもの)の主張と解せられないでもないので、右主張につき更に審按するに、この点においても、被控訴人は、本件土地は買収計画樹立当時小作地ではなかつたから、買収処分は要件を欠く重大明白な瑕疵のため無効である旨主張するに対し、控訴人国は、本件土地は控訴人梶尾の先代市太郎において、従来の小作地の換地処分による転換後も、旧地と同様に耕作し、昭和二三年一〇月頃まで小作料をその当時の所有者守舎新兵衛に支払つていたから小作地である旨抗争するので按ずるに、控訴人梶尾の先代市太郎が同人の先代当時より訴外守舎新兵衛から賃借小作していた土地が西宮市越木岩西平一三号三二番地であり、右土地に対して昭和一〇年前後頃の区画整理により、換地として同市美作町一七番地(旧地の南半部)と同所三一番地の二ケ所が指定せられ(右換地処分は昭和二一年八月一七日兵庫県知事により認可さる)、しかも右三一番地の位置は本件土地の隣地たる訴外吉井の小作地であつたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第九号証の六、七、乙第五、六号証と被控訴人本人尋問の結果(当審)と検証の結果とに徴すると、前記区画整理前の西平一三号三二番地の北半部が道路と本件土地(美作町二四番地)となり、本件土地は替費地として換地割当から保留せられ、整理費用調達のために昭和一一年頃被控訴人先代(昭和一四年死亡)に売却せられたが、右被控訴人先代死後は管理に意を用いる者なく、事実上放置された状態であつたことが認められるので、控訴人梶尾の先代が所有者守舎新兵衛との間に結んでいた小作契約の目的地でなくなつたことは明白である。ところで成立に争のない乙第七号証の一、二によると、控訴人梶尾の先々代(祖父)市松は昭和一八年六月に、先代(父)市太郎は昭和三二年一一月に死亡したことが明らかであり、証人梶尾こま代の証言によると、本件土地は昭和九年頃の前記区画整理による換地の後にも、右梶尾市松が耕作を継続したことが窺われるが、所有者守舎に対する小作料の納付は右換地当時までであつたことが認められ、右換地後もこれを納付(特に本件土地に関して)したとの証言部分はにわかに措信し難く、他に本件土地に関する小作料授受を確認するに足る資料がないから、本件土地については、右の時期以後右梶尾市松又はその子市太郎(控訴人梶尾先代)が耕作したことは、所有者に無断の行為で不法占有に該当することは明白であり、本件買収計画の樹立された昭和二六年一二月当時までに、被控訴人との間に新たに小作契約の結ばれた主張立証がないから、本件土地は右買収計画の成立当時は小作地でなく、従つて買収の対象としての要件を欠くものであつたといわねばならない。

控訴人国は、本件土地を小作地と誤認して買収したことはその位置が正当な小作地と略同一場所であつたから、明白な瑕疵に該当しない旨主張するけれども、前記乙第五、六号証、甲第九号証の六、七、成立に争のない同号証の一、二、同第七、八、一〇号証、乙第八号証を綜合すれば、本件土地を含む附近一帯の土地がさきに区画整理により大規模に整理、換地され、控訴人梶尾の先代、先々代の小作地が前認定の通り換地により割替えられたこと、右従前の小作地の割替地たる美作町一七番地は勿論同所三一番地も、その従前小作人たる吉井が同所三〇番地の換地を得たので、控訴人梶尾先代がこれを小作したものとして自創法により買収され、同人に売渡されていること、本件土地が区画整理上の替費地となつて、換地から除外されたことは、僅かの調査により当然容易に判明する事柄であるから、このような客観的事実を見落して為された小作地の誤認は、明白な瑕疵に該当し、また、その誤認は、これのみで処分の当否を決する重要な処分要件の存否に関するものであるから、重大なものといわねばならない。

なお控訴人国は、本件土地は自創法三条五項六号で買収し得べき土地であるから、誤認の瑕疵は重大でないと主張するけれども、一旦為された買収要件と異つた要件に基く買収の効力を裁判所において事後に判定し、さきの処分の効果を維持することは、原則として許されないから、右主張は理由がない。

そうすると、控訴人国の主張する後日の買収令書交付を買収手続の再施行と解してもなお本件買収処分は、処分要件の判断を誤つた重大明白な瑕疵により無効と解する外はない。

よつて控訴人国に対する被控訴人の請求は正当であるから、これを認容した原判決は相当で、控訴人国の控訴(第四六六号事件)は理由がない。

次に、被控訴人の控訴人梶尾に対する請求(第四六七号事件)について按ずるに、被控訴人所有の本件土地につき被控訴人主張の各所有権移転登記(自創法による売渡及び相続を原因とするもの)が存することは当事者間に争がなく、右売渡を原因とする所有権移転登記(控訴人梶尾先代名義)の登記原因は、その前主たる国(農林省名義)の所有権取得が有効でない限り、その効力を主張し得ないところ、被控訴人は右前主たる国(農林省名義)の所有権を否認し、控訴人梶尾は右国の所有権が有効に存在することを立証せず、却つて国がその所有権を取得しなかつたことは前認定のとおりであるから、前記売渡を原因とする所有権移転登記は抹消を免れず、従つてまた右名義人からの相続登記も抹消せらるべきものである。

よつて控訴人梶尾に対する被控訴人の請求も正当であり、原判決は相当で同控訴人の控訴(第四六七号事件)も理由がない。

よつて本件控訴はいずれもこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

原審判決の主文、事実および理由

主文

被告国は、原告に対して、西宮市美作町二四番、田三畝一九歩につき、神戸地方法務局西宮出張所昭和三三年七月一六日受付第一〇四七五号を以てなされた同二七年三月一日付自作農創設特別措置法第三条に基づく買収による農林省のための所有権取得登記の抹消登記手続をしなければならない。

被告梶尾剛は、原告に対して、前項記載の土地につき、神戸地方法務局西宮出張所昭和三三年九月一七日受付第一三九九八号を以てなされた同三二年一一月五日付相続による所有権取得登記および同出張所昭和三三年七月一六日受付第一〇四七六号を以てなされた同二七年三月一日付自作農創設特別措置法第一六条に基づく売渡による梶尾市太郎のための所有権取得登記の各抹消登記手続をしなければならない。

訴訟費用は被告国の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、

一、西宮市美作町二四番、田三畝一九歩は(以下単に本件土地と称する)、原告の所有に属するものである。

二、ところが本件土地については、

(一) 神戸地方法務局西宮出張所昭和三三年七月一六日受付第一〇四七五号を以つて、昭和二七年三月一日付自作農創設特別措置法(以下単に自創法と称す)第三条に基づく買収による農林省のための所有権取得登記

(二) 右出張所昭和三三年七月一六日受付第一〇四七六号を以つて同法第一六条に基づく売渡による訴外梶尾市太郎の所有権取得登記

(三) 右出張所昭和三三年九月一七日、受付第一三九九八号を以つて同三二年一一月五日相続による被告梶尾剛の所有権取得登記がそれぞれなされているが、右各登記はいずれも実体上の権利関係に符合しない無効のものである。

と述べた。

被告国の指定代理人および被告梶尾は、共に、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因事実のうち、本件土地がもと原告の所有に属していたこと、および右土地につき第二項(一)乃至三記載の登記の存することはいずれもこれを認める。

と述べ、抗弁として、被告国は、

(一) 本件土地については、西宮市農業委員会が、昭和二七年三月一日を買収時期とする買収計画を昭和二六年一二月二二日に樹立し、法定期間公告、縦覧に供し、兵庫県農業委員会の承認を受けたのち、

(1) 兵庫県知事が本件土地の買収令書を西宮市農業委員会長に連絡して、これを原告に交付するよう指示し

(2) 西宮市農業委員会長が右買収令書を伊丹市農業委員会長に送付してこれを原告に送付するよう依頼し

(3) 伊丹市農業委員会長が使丁をして右買収令書を原告の住所に持参せしめて交付し

もつて自創法第三条に基づく買収により、被告国が本件土地の所有権を適法に取得し

(二) 右買収日時において、被告国が同法第一六条に基づき本件土地を訴外梶尾市太郎に売渡したものである。

と述べ、被告梶尾剛は、

本件土地については、被告国の主張のとおりの経路をへて梶尾市太郎に売渡され、昭和三二年一一月五日、梶尾市太郎死亡により相続を原因として被告梶尾がその所有権を取得したものである。

と述べた。

原告訴訟代理人は、被告等の抗弁事実に対して、

第(一)項のうち(1)および(2)の事実はいずれも不知、(3)の事実は否認、その余の事実および第(二)項の事実は認める、

従つて、被告国の主張する買収処分は、被買収者に対する買収令書の交付を欠き、違法無効なものであると言わざるを得ず、ために、被告国および訴外梶尾市太郎ならびに被告梶尾剛が本件土地所有権を適法に取得するいわれはない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

本件土地が、もと原告の所有であつたこと、及び本件土地には、神戸地方法務局西宮出張所昭和三三年七月一六日受付第一〇四七五号をもつて同二七年三月一日自創法第三条の規定に基づく買収による被告国の所有権取得登記、同出張所同三三年七月一六日受付第一〇四七六号をもつて同二七年三月一日自創法第一六条の規定に基く、被告国より訴外梶尾市太郎への売渡による所有権移転登記、同出張所昭和三三年九月一七日受付第一三九九八号をもつて同三二年一一月五日相続による被告梶尾剛の所有権取得登記がなされていること、

更に、本件土地について、西宮市農業委員会が昭和二七年三月一日を買収時期とする買収計画を昭和二六年一二月二二日に樹立し、法定期間公告、縦覧に供したるのち、兵庫県農業委員会の承認をうけたことについては当事者間に争いがない。

本件における唯一の争点は、被告国がなした本件土地の買収手続において、買収令書が原告に交付されていたか否かにある。もとより買収処分の効果発生は買収令書の交付によつて生ずるのであるから、被買収者である原告に対して買収令書が交付されていなかつたとすれば、買収処分は無効で本件土地の所有権が被告国に移転することはなく、又、被告国から梶尾市太郎に売渡されたものを相続により取得したとする被告梶尾についても亦同様である。

ところで、成立に争のない甲第三、四号証、証人小西重夫、同三好健且の各証言によれば、本件土地につき兵庫県知事から発せられた買収令書が、当時における事務処理上の例に従い、本件土地の買収計画を樹立した西宮市農業委員会を経て、昭和二七年四月三日、右農業委員会長から原告居住地の伊丹市農業委員会長宛に、買収令書を原告に対して交付することの依頼文書の発送をしていることが認められる。

しかしながら、前記各証拠によれば、伊丹市農業委員会で果して交付方依頼を受けた買収令書を受領したものかどうか、受領していたとしても原告に交付したかどうかは、伊丹市農業委員会における関係記録一切が、昭和二九年一月一〇日の火災によつて焼失したため、現在同農業委員会の記録上これを明らかにすることができないばかりでなく、所轄農業委員会である西宮市農業委員会においても買収令書交付方依頼後の経緯を明らかにする記録を全く止めていないのである。

更に、成立に争いのない甲第一号証によれば、被告国は、昭和二七年八月二六日、本件土地の対価金七八円を、原告の現在住所が不明でこれを確知することができないとして神戸地方法務局に供託しているが、公文書であるので成立の真正なることを推定すべき乙第二号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は終戦直後から伊丹市内の現住所に居住し、同市内においては、郵便が単に「伊丹市吉本五郎右衛門」と表示されただけで配達されたこともある程に、かなり知られた存在であるうえ、買収計画には登記簿上の住所でなく、正確に原告の伊丹市の住所が表示されているのであるから、住所を確知できなかつたというのはいかにも不審である。そして、そのことがいかなる事情によるものか本件の審理の過程で何ら明らかにされていない。

要するに、右に述べた事実や買収並びに売渡処分に基く所有権移転登記が、買収、売渡処分のあつた時から六年余も過ぎた昭和三三年七月一六日になつてようやくなされている事実(甲第五号証)、原告が買収処分がなされた事実を知つたのが、昭和三二年七、八月頃、被告梶尾から、原告が納付してきたそれまでの本件土地に対する固定資産税相当額の送付を受けた時であること(原告本人尋問の結果)等に徴するときは、むしろ原告に対して買収令書の交付がなされなかつた疑が極めて濃厚で、その他に買収令書交付の事実を認めるに足る証拠はない。従つて、買収令書交付は換言すれば、適法且つ有効に買収処分がなされたか否かの不明さによる不利益は、この点につき立証の責任を負う被告らに帰すべきものである。

以上の事実によれば、被告国の主張にかゝる買収処分は、重大且つ明白な瑕疵を有して無効であり、又、被告梶尾においても、右買収処分の有効であることを前提として、はじめて本件土地の所有権を取得しうるのであるから、もとより有効に所有権をするいわれがなく、本件土地の所有権はなお原告に属するものといわねばならない。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(昭和三七年四月七日神戸地方裁判所判決)

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